都会のジャングル 夜のUENO ZOOをぶら散歩
・弁天門から
陽が落ちて暑さが和らいだ暮れ六つ時、不忍池にあるボート乗り場はすでに終了タイムとなり橋桁に整列したスワン船も眠りについていました。ベンチには夕涼みの人たちがちらほらと集まり、周辺のライトで装飾された不忍池は昼間とは別格の景観です。さらに弁天堂へ向かうと門戸は閉じられ提灯に明かりが灯っています。弁天堂から間もなく動物園通りを渡る手前には、上野動物園の弁天門があります。本日は20時まで開園と知り、夜のZOO散歩と致しました。他に正門と池之端門、旧正門がありますが、入り口は正門と弁天門で入場券の購入が可能です。因みに一般入場券は600円です。
・西園から
弁天門から入ると「鵜の池」沿いを通り園内へと進みます。不忍池は3つのブロックに分かれていて、「鵜の池」はその一つであり動物園内の池となります。鵜の池には、わし、ペリカン、コウノトリを確認しました。夜のZOO内で出会える動物は限られていましたが、少しずつ暗闇になっていく中、不忍池テラスから吹く風に心地よい時間を味わえます。さらに昼間でも動かないハシビロコウはどうしているかなと? 居ました動いていません。ライトはついていませんが目を確認、遅くまでご苦労様です。
・西園から東園へ
いそっぷ橋を渡り東園に向かう頃にはほとんど暗闇になっていました。橋の途中から不忍方面を見ると弁天堂のライトがひと際輝いて見えます。まず、東園に入り猿山に向かうと数頭のお猿さんが「ごろちゃん、だらり」と夕涼み中です。さらに世界のお猿さんがいる宿舎にいくと皆さん爆睡中、静かに失礼いたしました。近所のバイソンは、黙々とお食事中です。さらに進むと暗闇の中、ライトアップされたいた五重塔がお出ましです。この旧寛永寺五重塔は、2代将軍徳川秀忠が上野忍ケ岡の池に江戸幕府の安泰を祈願する目的で東叡山寛永寺が創建される中、当時、工事の総奉行であった老中土井大炊頭利勝は、1631(寛永8)年、上野東照宮の一部として五重塔を創建し寄進しています。その後、1639(寛永16)年に火災で焼けてしまいますが、同年にはすばやく再建されています。明治になって神仏分離令による取り壊しの危機がありましたが免れ、1958(昭和33)年、東京都に寄付された歴史的建造物です。また、上野動物園内には江戸時代に上野東照宮の別当寺であった寒松院の茶室「閑々亭」があります。1627(寛永4)年、江戸前期の武将藤堂高虎が寒松院で休憩をとる徳川家光将軍のために建てた茶室でした。1868年上野戦争(彰義隊の戦い)の際に焼失していますが再建され、位置が少し移されながら現在まで存続している記念建造物です。
・帰り道
暗闇の動物園を8000歩ほど歩き、昼間であれば倍は歩いただろうと考えると園内の広さとトイレの多さに驚きました。因みにトイレは暗闇ではありません。出口は旧正門からでました。旧正門は、1911(明治44)年に建てられたもので1933(昭和8)年まで恩賜上野動物園玄関口として使われていた表門です。左右には門番の小屋があり片方は切符売り場でした。現在の正門を背面に噴水広場を通りすぎ歩いていくと上野駅公園口に着きます。暑さを逃れて夜のZOO散歩は、動物たちに感謝・感謝、お邪魔しました。本日はここまで。